タイの社内不正の特徴と、日系企業が見落とす5つの温床
タイに拠点を持つ日系企業からいただくご相談で、件数として目立つのが社内不正です。 横領、購買のキックバック、在庫の横流し。手口そのものは日本と大きく変わりません。違うのは、それが長く見つからないまま続いてしまう構造のほうです。
日本の本社と同じ感覚で内部統制を敷いていると、タイ特有の事情でそこに穴が開きます。この記事では、タイの社内不正に共通して見られる構造、不正が出やすい現場、そして疑いが出たときに何をどの順番で行うかを整理します。
タイの社内不正が長く見つからない5つの構造
不正が起きるかどうかは、人柄の問題というより環境の問題です。タイの現地法人には、次の条件がそろいやすい。
1. 業務が「ローカルのベテラン1人」に固まる
小規模な拠点ほど、経理・総務・購買を長年1人が担っています。出納も記帳も銀行対応も同じ人。日本なら職務分掌でまず分けるところが、人員の都合で分けられていない。
そして、その人がいちばん頼りになる。日本語ができて、役所も銀行も回してくれて、歴代の駐在員全員が助けられてきた。だから誰も帳簿を疑わない。信頼されている人のところにしか、この種の不正は起きません。
2. 駐在員が2〜5年で入れ替わる
任期で日本人が交代する一方、現地スタッフは10年20年と残ります。結果として、業務の実態を知っているのは現地側だけという逆転が起きる。
引き継ぎは前任者から後任者へ行われますが、前任者自身が実態を把握していなければ、引き継がれるのは「前任者が理解していた範囲の業務」でしかありません。ここでブラックボックスが世代を越えて温存されます。
3. 言語の壁が、証憑のチェックを止める
請求書も領収書も契約書も、多くはタイ語です。金額欄と日付だけ見て承認する、という運用は珍しくありません。
日本語か英語の要約だけを見て判断している場合、原本に何が書いてあるかを確認している人が社内に誰もいないという状態が起こり得ます。
4. 紹介採用で、同じ部署に縁故が集まる
タイでは知人・親族の紹介による採用が広く行われています。それ自体は定着率の面で利点もありますが、同一部署に関係者が集まると相互牵制が働かなくなります。
購買担当と検収担当が親族、経理と出納が同郷。承認のハンコは2つ押されているのに、実質は1人で完結している、という構造です。
5. 現金と紙の証憑が残る商習慣
小口現金の取り扱い、紙の領収書、地場のサプライヤーとの取引。電子化が進んだ領域がある一方で、現金と紙が残る場面もまだあります。改ざんや水増しが混ざったときに、突き合わせる相手がない。
不正が出やすい3つの現場
購買・調達
タイの社内不正でもっとも相談が多い領域です。典型は、
- 特定サプライヤーへの発注集中と、そこからのキックバック
- 実体のない業者への発注(ペーパーカンパニー)
- 相見積の偽造(3社の見積書を、実質1人が作っている)
- 単価の水増しと、差額の分配
見分け方の起点は取引先の実在性です。登記上の住所、株主構成、設立時期、代表者。そこに自社の従業員やその家族とのつながりが出てくることがあります。
現金・経費・経理
- 小口現金の使途不明
- 経費精算の水増し、同一領収書の二重使用
- 架空の人件費(退職者が給与台帳に残り続ける)
- 銀行口座と帳簿の残高が「調整仕訳」でつじつまを合わされている
決算が締まっているから大丈夫、とは言えません。締めているのが当事者である場合があるからです。
在庫・資材・スクラップ
製造業の拠点で見落とされやすいのがここです。
- 部品・資材の持ち出し
- 不良品として処理した製品の横流し
- スクラップ(端材・廃材)の売却代金が簿外になる
スクラップは資産として管理されていないことが多く、金額も少額に見えるため、長期化しやすい領域です。年単位で積み上がってから発覚する例があります。
放置したときに起きること
金銭的な損失そのものより、その後の処理のほうが会社を消耗させます。
回収は簡単ではない
不正が判明しても、使われた金が残っているとは限りません。回収を前提にせず、止めることと、再発させないことを先に考えるほうが現実的です。
処分の可否は、証拠の質で決まる
タイの労働法制のもとでは、従業員の解雇には要件があり、手続と証拠が求められます。疑いの段階で先に処分を進めてしまうと、不当解雇として争われ、不正を働いた側が原告になるという事態も起こり得ます。
具体的な解雇要件や補償の扱いは個別の事案とタイの法令解釈によりますので、必ずタイの法制度に通じた弁護士に確認してください。 当社が行うのは、その判断の前提になる事実を証拠として使える形で揃えるところまでです。
贈収賄リスクに接続していることがある
通関、許認可、検査といった場面での非公式な支払いが、購買不正と地続きになっている場合があります。これは社内の損失にとどまらず、日本の不正競争防止法(外国公務員贈賄)や、取引先から求められるコンプライアンス要件に関わる可能性がある領域です。ここも法的評価は弁護士の領域です。
調査そのものが問題になり得る
従業員のメール、業務用PC、監視カメラ映像の確認は、やり方次第で別の問題を生みます。 タイには個人データ保護に関する法制度(PDPA)があり、社内規程や雇用契約の定めとあわせて、どこまで確認してよいかが変わります。
「まず本人のPCを開けてみた」が後で足を引っ張ることがあります。着手前に、確認してよい範囲を法務と確定させてください。
疑いが出たときの手順
順番が結果を左右します。ここがこの記事の本体です。
ステップ1|まず、動かない
最初にやってはいけないことが3つあります。
- 本人に問いただす
- 部署内で相談する
- アクセス権を止める
いずれも「調べられている」という合図になります。合図が伝わった瞬間に、証拠は消えます。データは消去され、口裏は合わされ、関係先には連絡が回ります。
疑いを持った時点で、知っている人間の数を増やさない。 これが最初の分岐点です。
ステップ2|証拠を保全する
止めるより先に、残す。
- 会計データ、購買データ、在庫データのバックアップ
- 業務メール、チャットのログ
- 入退室記録、車両の使用記録
- 監視カメラの映像(上書きまでの期間に要注意。多くは日〜週単位で消えます)
映像は放っておくと自然に消えます。疑いを持った日から数えて、何日分残っているかを最初に確認してください。
ステップ3|事実の範囲を絞る
全部を一度に調べようとすると、時間もコストも際限がなくなります。
- 対象期間はいつからか
- 取引先はどこか
- 概算でいくらか
- 関与している可能性のある人数は
ここで仮説を立て、検証する項目を絞ります。
ステップ4|社外の関係を調べる
社内データだけでは、多くの場合、不正かどうかの確定まで届きません。 発注先が実在するのか、誰が持っている会社なのか、従業員との間に関係があるのか。ここは公開されている登記情報や事業実態の確認、関係性の裏付けといった、社外の調査が必要になる領域です。
なお、現地での調査手法はタイの法令に沿って設計する必要があります。 日本で行っている方法をそのまま持ち込むことはできません。
ステップ5|本人への聴取は最後
聴取は、証拠がそろってから一度だけ。
準備なしに行うと、否認されて終わるか、こちらの手の内を明かすだけになります。何を持っていて何を聞くかを設計してから臨んでください。聴取の場に誰が同席するか、記録をどう残すかも含めて事前に決めておきます。
ステップ6|処分と回収は、弁護士と組み立てる
懲戒、解雇、刑事告訴、民事での請求。ここから先は法律判断の領域です。
当社は事実調査と報告書の提供までを担当し、法律判断・交渉・代理は行いません。調査の段階から弁護士と役割を分けておくと、報告書をそのまま手続に使える形で作れます。
ステップ7|再発させない仕組みに落とす
1件終わって元の体制に戻せば、同じことが起きます。
- 職務分掌を分ける(承認・実行・記録を同じ人に持たせない)
- 購買の相見積を、取得プロセスごと見直す
- 駐在員の交代時に、引き継ぎとは別枠で業務監査を入れる
- 内部通報窓口を、タイ語で、匿名で、社外に置く
最後の項目は特に効きます。タイの職場では、上司や同僚への遠慮(クレンチャイ)が働き、社内窓口には声が上がりにくい。報復への懸念もあります。タイ語で受けられること、匿名性が守られること、受け皿が社外にあること。 この3つがそろって初めて、通報窓口は機能しはじめます。
実際、社内不正の発覚経路として通報の比重は小さくありません。窓口を整えることは、調査費用を払う回数を減らす投資でもあります。
自社で調べるか、外部に出すかの判断基準
すべてを外部に出す必要はありません。次のどれかに当てはまるなら、外部の調査を検討する段階です。
- 未完了経理・購買の責任者本人に疑いがある(社内で調べる担当者がいない)
- 未完了社外の取引先が関与している疑いがある(社内データだけでは届かない)
- 未完了金額が大きく、懲戒や法的手続まで進む可能性がある(証拠の形式が問われる)
- 未完了複数名の関与が疑われる(社内で動かすと漏れると考えたほうが安全)
- 未完了日本の本社や親会社、監査法人への説明が必要になる
- 未完了現地スタッフに調査を任せると、関係性から公正さが保てない
一方、次の場合は先に弁護士へ。
- すでに本人に問いただしてしまった、または処分を進めてしまった
- 労務トラブルとして争いが始まっている
- 贈収賄や通関に関わる可能性がある
順番を間違えると、後から取り返しがつきません。迷ったら、動く前に聞いてください。
社内で動かす前に、確認だけしたい方へ
社内不正の調査・ご相談窓口— 相談前に自社でやっておくこと、当社が行うこと/行わないこと、進め方をまとめています。社名を伏せたままのご相談でも結構です。
まとめ
タイの社内不正は、特別な手口で行われるわけではありません。属人化・駐在員の交代・言語の壁・縁故・現金という5つの条件が、発覚を遅らせているだけです。裏を返せば、この5つに手を入れれば、リスクはかなり下げられます。
そして、疑いが出た日の最初の24時間の動き方が、その後の全部を決めます。まず、動かない。残す。範囲を絞る。聞くのは最後。
20年この仕事をしてきて思うのは、相談が来るタイミングはたいてい「もう少し早ければ」なんですよね。気になった段階で、雑談でかまいません。声をかけてください。守れるうちに守るのが、いちばん安く済みます。
ご相談について
株式会社TITAN(さくら探偵社/アジア危機管理サービス)では、企業の不正調査、不正対策、内部通報制度の設置、顧問契約に対応しています。バンコクを含むアジア地域のご相談も承ります。
当社が提供するのは事実調査と報告書の作成です。法律判断・交渉・代理は行わず、必要に応じて弁護士と連携して進めます。
まだ疑いの段階で、何を確認すべきか分からないという状態でも結構です。社名を伏せたままのご相談も承ります。

投稿者プロフィール

- 内部通報窓口の設置や不正調査・リスクマネジメント等のご相談を承っております。まずはお気軽にご相談ください。






