【タイ社員不正】横領・情報漏洩…「懲戒解雇」が認められるための厳格な条件と実務

タイで事業を展開する日本企業の皆様にとって、従業員による不正行為は事業運営における重大なリスクの一つです。特に、横領、情報漏洩、背任、キックバックといった不正が発覚した場合、企業としては毅然とした態度で臨み、「懲戒解雇」を検討することになるでしょう。
しかし、タイの労働法は労働者保護の傾向が非常に強く、日本とは異なり、不正行為が発覚したからといって簡単に懲戒解雇が認められるわけではありません。法的に有効な懲戒解雇を行うためには、極めて厳格な条件と手続きを踏む必要があります。これを怠ると、たとえ従業員が不正を働いていたとしても、「不正解雇」と判断され、高額な賠償金を請求されるリスクに晒されます。


本稿では、タイにおいて従業員の不正行為を理由に懲戒解雇を進める際の、法的に認められるための条件、具体的な実務、そして日本企業が陥りやすい落とし穴について詳しく解説します。

タイ労働法における懲戒解雇の「正当な理由」の解釈と具体例


タイの労働保護法典(Labor Protection Act)では、使用者が労働者を正当な理由なく解雇することを原則として禁止しています。懲戒解雇を有効にするためには、労働者が「重大な過失」または「故意」により使用者に損害を与えた、あるいは重大な規律違反を犯した場合に限られます。
具体的に懲戒解雇の「正当な理由」となり得る不正行為の例としては、以下のようなものが挙げられます。

◯横領・着服: 会社の金銭や物品を不正に自分のものにする行為。

◯背任: 会社に損害を与えることを知りながら、自分の利益のために行動する行為。

◯キックバック: 取引先などから不当なリベートを受け取る行為。

◯情報漏洩: 会社の機密情報(顧客リスト、技術情報、営業秘密など)を外部に漏らす行為。

◯虚偽報告・詐欺: 会社を欺いて金銭や利益を得ようとする行為。

◯重大なハラスメント: 職場の秩序を著しく乱すセクハラやパワハラ。

◯刑事犯罪: 職務に関連して刑事犯罪を犯した場合(例:会社内で暴行、窃盗など)。


ただし、これらの行為があったとしても、その「程度」や「会社の就業規則に明確に記載されているか」、そして「公正な手続き」が伴っているかが重要になります。

不正の兆候発見から懲戒解雇までの具体的な流れと実務


不正行為が発覚した場合、感情的にならず、以下の手順を慎重に進めることが不可欠です。

◯不正の兆候発見と初期対応:

内部通報、監査、会計上の不審点などから不正の兆候を発見。

情報が漏洩しないよう、関係者(経営層、法務、人事など)で厳重に秘匿します。

証拠隠滅の可能性を考慮し、不正行為が疑われる従業員に安易に接触しないことが重要です。

◯証拠収集と保全の徹底(デジタルフォレンジックの重要性):

懲戒解雇を有効に進めるには、不正行為の客観的かつ揺るぎない証拠が不可欠です。

デジタルフォレンジック: PC、スマートフォン、サーバー、クラウドサービス上のデータ、メール、チャット履歴、会計システム内のデータなど、デジタルデータは不正の痕跡が残りやすい重要な証拠源です。自己判断で操作せず、デジタルフォレンジックの専門家に依頼し、法的な有効性を確保した形でデータを保全・解析することが極めて重要です。タイにおけるデータ保護法(PDPA)などのプライバシー規制にも配慮が必要です。

◯物理的証拠: 契約書、会計伝票、領収書、監視カメラ映像、入退室記録なども厳重に保全します。

◯内部調査の実施と弁明の機会の付与:

収集した証拠に基づき、不正の事実関係を特定するための内部調査を実施します。

不正が疑われる従業員に対し、必ず「弁明の機会」を与えます。これはタイ労働法が要求する「公正な手続き」の核心部分です。弁明は書面で行わせるか、口頭で行う場合は記録を取り、署名を得るなど、後から確認できる形にする必要があります。弁明の機会を与えなかった場合、それだけで不正解雇と判断されるリスクがあります。

◯警告書の発行(場合による):

不正の性質や就業規則の規定にもよりますが、軽微な不正や、改善の機会を与えるべきと判断される場合は、書面による警告書を発行し、その後の改善を促します。重大な不正の場合は、警告を経ずに直接懲戒解雇に進むこともありますが、その判断には専門家の意見が不可欠です。

◯懲戒解雇の通知:

不正の事実が明確になり、懲戒解雇が妥当と判断された場合、解雇理由を具体的に明記した解雇通知書をタイ語で作成し、従業員に手渡します。解雇通知書には、解雇事由となった不正行為の内容、証拠に基づいた事実、懲戒解雇である旨を明確に記載します。

解雇予告手当や退職金の支払い義務が免除される場合でも、その理由を明確に記載する必要があります。

日本企業が陥りやすい落とし穴と防止策

◯感情的な解雇判断: 不正発覚時に感情的に懲戒解雇を決定し、十分な証拠収集や手続きを踏まない。

防止策: 不正発覚後は冷静に対応し、必ず専門家(弁護士、調査会社)に相談し、法的手続きに沿った計画を立てる。

◯証拠の不十分さ: 不正行為の事実を証明できる客観的な証拠が不足している、または証拠保全の方法が不適切。

防止策: 不正の兆候を発見次第、速やかにデジタルフォレンジック専門家や探偵に依頼し、法的に有効な形で証拠を収集・保全する。

◯「公正な手続き」の欠如: 弁明の機会を与えない、警告書を発行しない、聴聞会を実施しないなど、手続き上の不備。

防止策: 就業規則に懲戒・解雇手続きに関する詳細な規定を設け、それに厳密に従う。弁明機会の付与は必須と認識する。

◯就業規則の不備・未周知: 不正行為が懲戒解雇事由として就業規則に明確に記載されていない、またはタイ語で従業員に適切に周知されていない。

防止策: タイの労働法に完全に準拠した就業規則を整備し、タイ語で全従業員に周知し、署名をもらうなど、周知の証拠を残す。

◯支払い義務の誤解: 重大な不正行為でも、解雇予告手当や退職金の支払い義務が完全に免除されないケースがあることの誤解。

防止策: 法的な免除要件を正確に理解し、専門家と相談の上、適切に判断する。

アジア危機管理リーガルエージェンシーのサポート


アジア危機管理リーガルエージェンシーは、タイにおける従業員の不正行為に直面した日本企業の皆様に対し、以下の専門的なサポートを提供いたします。

◯不正の兆候発見から懲戒解雇までの総合コンサルティング: 初期対応から最終的な解雇通知、その後のリスク管理まで一貫してサポートします。

◯デジタルフォレンジック調査: PC、スマートフォン、サーバー等からの電子データの保全・解析を行い、法的に有効な証拠を収集します。

◯不正調査(事実調査): 不正行為の具体的な内容、関与者、被害状況などを徹底的に調査し、不正の実態を明らかにします。

◯法的手続き支援: 懲戒解雇に必要な警告書、解雇通知書などの作成支援、弁明機会の付与手続きの指導を行います。

◯タイの弁護士との連携: 労働裁判所での紛争や刑事告訴、民事訴訟など、 法的な対応が必要な場合には、タイの労働法に精通した弁護士を厳選してご紹介し、連携を支援します。

◯再発防止策の提案: 不正の根本原因を究明し、内部統制の強化、就業規則の見直し、従業員研修など、再発防止のための具体的な策を提案します。


タイでの事業運営において、従業員の不正は避けられないリスクかもしれませんが、適切な知識と専門家のサポートがあれば、そのリスクを最小限に抑え、企業とブランドを守ることが可能です。お困りの際は、どうぞお気軽に私たち専門家にご相談ください。


【お問い合わせ】
アジア危機管理リーガルエージェンシー
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