タイにおける使用者責任:日本との違い、そして企業が取るべき対策
タイに進出する日本企業にとって、現地従業員が業務中に第三者に損害を与えた場合の「使用者責任」は、避けては通れない法的リスクです。日本とタイでは、この使用者責任(または不法行為責任)に関する法的な考え方や適用範囲に重要な違いがあります。これらの違いを理解することは、予期せぬ法的トラブルや多額の損害賠償を避ける上で不可欠です。
本稿では、ご提示いただいた要件に基づき、タイと日本の使用者責任の主な違いを事例を交えながら解説し、その傾向と対策、そしてアジア危機管理リーガルエージェンシーが提供できるサポートについて詳述します。
1. タイと日本の使用者責任:主な違いと要件の比較
まず、タイと日本の使用者責任に関する法的要件を比較してみましょう。
項目 | タイの使用者責任(民商法典第425条) | 日本の使用者責任(民法第715条) |
---|---|---|
適用範囲 | 使用者は、被用者が職務の過程で犯した不法行為について、被用者と共同して責任を負う。 | 使用者は、被用者が職務の遂行中に犯した不法行為について、原則として責任を負う。 |
要件 | 使用者の責任は、被用者の不法行為そのものに関わるものであり、使用者が被用者の選任や監督について注意義務を怠ったかどうかは問われない。 | 使用者が被用者の選任や監督について相当の注意を払った場合、または相当の注意を払っても損害が生じた場合は責任を免れる場合がある。 |
責任の性質 | 使用者は、被用者と連帯的に責任を負うため、賠償義務は被用者の責任と同一である。 | 使用者は、被用者の過失の責任を負うため、賠償義務は被用者の責任とは異なる。 |
注意義務 | 使用者の注意義務は直接的に問われない(ただし、後述の傾向で実質的な重要性が増している)。 | 使用者は、被用者を適格な人員として選任し、その監督を行う義務を負う。 |
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まとめると、タイの使用者責任は「被用者の不法行為そのもの」に責任を負うという側面が強く、日本の使用者責任は「使用者の注意義務の有無」によって責任の有無が左右されるという側面が強いと言えます。 ただし、これはあくまで法文上の違いであり、実際の運用ではより複雑な要素が絡んできます。
2. 事例に見るタイと日本の使用者責任の違いと傾向
事例:業務中の交通事故
- 状況: 貴社で雇用している配達員(タイ人従業員)が、会社の車両で業務中に顧客への配送に向かう途中、運転ミスにより第三者の車両と衝突し、相手に傷害を負わせた。
- タイの場合:
- 法的解釈: タイの民商法典第425条に基づき、配達員が「職務の過程で」不法行為(運転ミス)を犯し、損害を与えたと判断されれば、貴社は配達員と共同して賠償責任を負います。
- 「相当な注意」の証明: 法文上は「相当な注意」を払っていたことを証明できれば責任を免れるとされています。しかし、実際にこれが認められるのは、例えば「その配達員は免許を持っていなかったが、企業は徹底的に確認し、本人が偽造していた」といった極めて例外的なケースに限られます。近年の判例では、企業が安全運転教育を定期的に行っていたとしても、それを理由に完全に免責されることは稀であり、実質的には使用者責任が広く認められる傾向にあります。特に人身事故の場合、企業の責任は重く見られます。
- 日本の場合:
- 法的解釈: 民法第715条に基づき、配達員が「職務の遂行中」に事故を起こしたと判断されれば、貴社は使用者責任を負います。
- 「相当の注意」の免責: 日本では、使用者が「相当の注意」を払っていたことによる免責が認められることは極めて稀です。事実上、企業の選任・監督に過失がなくても、従業員の起こした業務中の事故には企業が責任を負うという考え方が一般的です。
- 傾向: 日本の裁判所は、事業の利益が使用者へ帰属する以上、それに伴うリスクも使用者が負うべきという「報償責任の原則」を強く適用するため、使用者責任の範囲は非常に広く、免責されることはほとんどありません。
事例の傾向と考察: 上記事例からわかるように、タイでは法文上「相当な注意」による免責の余地があるものの、実運用においては日本と同様に、企業が使用者責任を免れることは困難になりつつあります。特に人身損害を伴う事故や、企業の主要な業務遂行中の行為に関しては、使用者の責任が重く見られる傾向にあります。タイの裁判所も、企業の社会的な影響力や利益を考慮し、使用者責任の適用範囲を広げていると考えるべきでしょう。
3. 日本企業が講じるべき対策
タイにおいて使用者責任のリスクを最小限に抑えるためには、以下の対策を徹底することが不可欠です。
- 採用時の徹底した確認と教育:
- 採用時に、職務遂行に必要な資格(運転免許など)、経験、実績などを徹底的に確認します。
- 倫理観や責任感についても、面接やバックグラウンドチェックで可能な限り見極めます。
- 入社時に、企業の行動規範、業務マニュアル、安全衛生規程などをタイ語で明確に説明し、理解度を確認します。
- 明確な指揮監督体制と定期的な指導・研修:
- 業務マニュアルを整備し、従業員が正しい手順で業務を行うよう指導します。
- 特に危険を伴う業務や顧客と直接関わる業務(運転業務、接客、設備管理など)については、定期的な安全研修、品質管理研修、ハラスメント防止研修などを実施し、その記録を残します。
- 管理職には、部下への適切な指導・監督の重要性を徹底させます。
- 情報セキュリティと資産管理の徹底:
- 情報漏洩や資産の不正使用を防ぐため、アクセス権限の厳格化、機密情報の取り扱い規程、社有物の私的利用禁止などを明確に定めます。
- デジタルフォレンジックの活用も視野に入れ、不正の痕跡を早期に発見できる体制を構築します。
- 内部規程の整備と更新:
- 就業規則、懲戒規程、ハラスメント防止規程など、全ての内部規程をタイの労働法や民商法典に準拠させ、定期的に見直します。
- これらの規程は、タイ人従業員にも理解できるよう、必ずタイ語でも作成し、周知徹底します。
- 適切な保険への加入:
- 万が一の事故や不法行為に備え、対人・対物賠償責任保険など、企業の事業内容に応じた適切な保険に加入しておくことは、リスクヘッジの基本です。
- 早期発見・早期対応の体制:
- 社内で問題の兆候を早期に察知できるよう、内部通報制度の整備や、従業員が安心して相談できる環境を構築します。
- 問題発生時には、事実関係を迅速かつ正確に把握し、 法的的なアドバイスを受けながら、適切な初期対応を行います。
アジア危機管理リーガルエージェンシーがお手伝いできること
アジア危機管理リーガルエージェンシーは、タイに進出されている日本企業の皆様が直面する使用者責任のリスクに対し、多角的な視点からサポートを提供いたします。
- 使用者責任に関する法的コンサルティング: タイの 法律専門家(弁護士)と連携し、貴社の事業形態に合わせた使用者責任のリスク評価と、具体的な対策に関するアドバイスを提供します。
- 社内規程の整備支援: タイの法律に準拠した就業規則、業務マニュアル、コンプライアンス規程などの作成・見直しをサポートし、使用者責任リスクの低減に貢献します。
- 従業員向けコンプライアンス研修の企画・実施: 従業員が使用者責任に関わるリスク(安全運転、ハラスメント、情報管理など)を正しく理解し、適切な行動をとるための実践的な研修を、タイ語で提供します。
- トラブル発生時の事実調査と初期対応支援: 従業員が関与する損害発生事案において、迅速な事実調査、証拠保全、そして法的的なアドバイスに基づいた適切な初期対応をサポートし、企業の損害を最小限に抑えます。
- 法律専門家(弁護士)のご紹介:使用者責任問題に精通したタイの信頼できる弁護士をご紹介し、訴訟対応を含めた法的なサポートを円滑に進めます。
タイでの事業運営は、日本とは異なる法的・文化的な要素が絡み合います。使用者責任のリスクを正しく理解し、予防策を講じることは、企業の持続的な成長のために不可欠です。ご不安な点がございましたら、どうぞお気軽にご相談ください。
【お問い合わせ】
アジア危機管理リーガルエージェンシー
https://arms-agency.com/contact/

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