タイの外国人事業法と株主トラブル:名義借りの代償と相続問題

タイで外国人事業法によって事業活動が規制されている業種において、事業を行うためにタイ人の名義を借りて株主とするケースは、残念ながら後を絶ちません。当初は信頼関係があったとしても、時間が経つにつれて、あるいは当事者に予期せぬ事態が発生した場合に、深刻なトラブルに発展する可能性があります。
本稿では、そうした株主トラブルの中でも、特にタイ人名義株主本人が死亡し、その株式が複数の相続人に相続されてしまった事例を取り上げ、株式買い戻し交渉が難航する具体的なケースの対策について解説します。


名義借り株主の死亡と複雑化する相続問題
外国人事業法規制業種で事業を行う日本企業A社は、設立当初から長年にわたり、信頼していたタイ人従業員B氏に名義を借りて株主となってもらっていました。B氏はA社の事業内容をよく理解しており、両者の間には形式的な契約書は存在したものの、長年の信頼関係から詳細な取り決めは行われていませんでした。
しかし数年前、B氏が予期せぬ病で急逝。B氏の遺産は、配偶者、子供2人、そして高齢の親の計4名に相続されることになりました。A社は、B氏の相続人たちに対して、B氏が保有していたA社の株式を買い戻したい旨を伝えましたが、交渉は難航しています。
株式買い戻し交渉が難航する具体的な事例:

  • 相続人間の意見の不一致: B氏の配偶者は、生前のB氏から株式の名義はあくまで形式的なものであり、実質的な権利はA社にあると聞いていたため、比較的友好的に買い戻しに応じる姿勢を見せています。しかし、子供たちはA社の事業内容や外国人事業法の規制について詳しく理解しておらず、「価値のある会社の株式を安易に手放すべきではない」と考えています。特に長男は、将来的にA社の経営に関与することも視野に入れているため、高額な買い取り価格を要求しています。
  • 相続手続きの複雑さ: タイの相続手続きは、日本と異なり煩雑な場合があります。遺産分割協議がスムーズに進まず、誰が株式の法的な所有者であるかが確定するまでに時間がかかっています。A社としては、法的な所有者が確定しなければ、正式な株式譲渡の手続きを進めることができません。
  • 形式的な契約書の不備:当初、A社とB氏の間で形式的な株式譲渡契約書が作成されていなかったため、B氏の相続人たちは、B氏が実質的な株主であると主張しています。A社は、B氏との間の口頭での合意や過去の経緯を説明していますが、 法律的な証拠としては不十分であり、相続人たちを納得させることができていません。
  • 外国人事業法の制約: A社が外国人事業法上の規制業種であるため、株式の過半数を外国人が保有することは原則として認められていません。もし相続人たちがA社の株式を保有し続ける場合、A社は外国人事業法の規制に抵触する可能性があり、事業継続に支障をきたす恐れがあります。しかし、相続人たちはそのような事情を十分に理解しているとは限りません。
  • 感情的な対立: B氏の死後、A社が早期に株式の買い戻しを申し出たことに対し、一部の相続人は「故人の遺産をすぐに手放させようとしている」と感じ、不信感を抱いています。感情的な対立が、合理的な交渉を妨げる要因となっています。

  • 名義借り株主トラブルの傾向
    上記の事例から見られるように、タイにおける名義借り株主トラブル、特に相続が発生した場合の傾向としては、以下の点が挙げられます。
  • 形式的な契約の不備による法的な弱さ:口頭合意や曖昧な契約では、相続発生時に 法的な根拠として不十分となり、相続人との交渉で不利な立場に立たされることが多い。
  • 相続人の法的知識や理解不足: 相続人が会社の事業内容や外国人事業法の規制について理解していない場合、合理的な交渉が困難になる。
  • 相続人間の利害対立: 複数の相続人がいる場合、それぞれの立場や考え方の違いから意見が対立し、合意形成が難航する。
  • 感情的な要素の介入: 故人との関係性や相続に対する感情的な思いが、交渉を複雑化させる。
  • 外国人事業法の制約: 外国人事業法による事業規制が、問題解決をさらに困難にする可能性がある。
    名義借り株主トラブルへの対策
    このようなトラブルを未然に防ぎ、また発生した場合に適切に対応するためには、以下の対策を講じることが重要です。
  • 正式な契約書の作成と整備:名義借り株主との間では、株式の実質的な所有者が自社にあることを明確に記載した法的能力のある契約書を作成し、法律専門家の確認を得ておくことが不可欠です。株式譲渡の条件、買い戻し条項、株主の権利と義務などを明確に定めるべきです。
  • 定期的な契約内容の見直し: 契約締結後も、状況の変化に合わせて定期的に契約内容を見直し、必要に応じて修正を行うことが重要です。
  • 名義借り株主との良好なコミュニケーション: 日頃から名義借り株主との良好なコミュニケーションを心がけ、会社の状況や外国人事業法の規制について理解を深めてもらうよう努めるべきです。
  • 相続発生時の法的対策: 名義借り株主の相続が発生した場合に備え、法律専門家と連携し、迅速かつ適切な対応を取れる体制を整えておく必要があります。相続手続きの流れや法的 な要件について事前に理解しておくことが重要です。
  • 複数名の事業形態の検討:外国人事業法の規制を回避し、自社が複数名で支配権を持つことができる事業形態(BOI企業、米国タイ友好通商航海条約に基づく事業など)の可能性を検討することも有効です。
  • 保険の検討:名義借り株主の死亡に備え、株式買い取り資金を保険で準備することも一つの手段です。

  • アジア危機管理リーガルサービスができること
    弊社、アジア危機管理リーガルサービスでは、タイにおける外国人事業法に関する法的相談、名義借り株主との契約書作成・見直し、相続問題発生時のサポート、そして 事業形態の検討支援など、株主トラブルに関する複雑なサービスを提供しております。
    名義借り株主問題でお悩みの際は、ぜひ一度ご相談ください。法律専門家がお客様の状況を細部に分析し、最適なご提案いたします。
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