タイにおける効果的な内部通報制度の構築:不正の芽を摘む羅針盤
グローバル化が進む現代において、企業の事業活動は国境を越え、多様な文化や法制度の下で行われています。タイに進出している日系企業も例外ではなく、予期せぬ不正リスクに直面する可能性があります。こうしたリスクを未然に防ぎ、企業の健全な運営を維持するために不可欠なのが、「内部通報制度(Whistleblowing System)」です。
本稿では、タイにおいて効果的な内部通報制度を構築するための多角的な視点を提供します。
1. なぜ内部通報制度が必要なのか?
内部通報制度は、企業内で発生する不正行為(贈収賄、横領、情報漏洩、ハラスメントなど)を従業員が外部に漏らすことなく、企業内部に報告できる仕組みです。これは単なるリスク管理ツールにとどまらず、企業の持続的成長を支える重要なインフラとなります。
- 不正の早期発見と被害拡大の防止: 不正行為の兆候を早期に察知し、大規模な損失や企業イメージの毀損に至る前に対応することが可能になります。
- 企業のレピュテーション(信用)維持: 不正が公になった際の社会的な信頼失墜を防ぎ、企業のブランド価値を守ります。
- コンプライアンス強化とガバナンス向上: 従業員が企業の倫理規範を意識し、法令遵守意識を高めることで、組織全体のガバナンスが強化されます。
- 従業員の保護とエンゲージメント向上: 不正を目撃した従業員が報復を恐れずに声を上げられる環境は、従業員の安心感につながり、組織へのエンゲージメントを高めます。
- 法的要請と社会的要求への対応: 世界的に内部通報制度の整備が求められる傾向にあり、投資家や取引先からの信頼を得るためにも不可欠です。
2. タイにおける内部通報制度に関連する法令の概要
タイには、内部通報制度を直接的に義務付ける包括的な法律は存在しませんが、関連するいくつかの法令がその重要性を示唆しています。
- 反汚職法: 公務員の汚職行為に対する通報者を保護する規定が含まれています。これにより、汚職行為の摘発を促すとともに、通報者が報復を受けることを防ぐ意図があります。
- マネーロンダリング防止法: 金融機関などに対し、疑わしい取引の報告を義務付けており、これは実質的に内部からの情報提供を促す側面を持っています。
- 証券取引法: 証券取引委員会(SEC)が、上場企業に対して適切な内部統制システムの構築を推奨しており、これには内部通報制度も含まれると解釈できます。
- 個人情報保護法: 通報者の個人情報の保護について考慮する必要があるため、制度設計において重要な要素となります。
これらの法令は直接的に内部通報制度の設置を義務付けるものではないものの、企業が不正行為を防止し、適切なガバナンスを維持するためには、実質的に内部通報制度が不可欠であることを示唆しています。
3. タイにおける制度利用に関する社会的背景と利用状況
タイにおける内部通報制度の利用には、日本とは異なる社会的背景と文化的側面が影響します。
- 「หน้า (ナー / メンツ)」の文化: タイ社会では「メンツ」を重んじる文化が根強く、公の場で他人を批判したり、組織のネガティブな側面を露呈したりすることに抵抗を感じる人が少なくありません。これにより、不正行為を知っていても通報をためらう傾向が見られます。
- 人間関係と上下関係: 上司や同僚との人間関係を重視する傾向が強く、通報による人間関係の悪化や報復を恐れる心理が働くことがあります。
- 制度への不信感: 過去に内部通報制度が適切に機能しなかったり、通報者が不利益を被ったりした事例があれば、制度そのものに対する不信感が広がり、利用率が低くなる可能性があります。
- 通報経路の認識不足: 制度が形骸化している場合、従業員がどこに、どのように通報すればよいのかを正確に理解していないこともあります。
現時点では、タイにおける内部通報制度の利用状況に関する包括的な統計データは限られていますが、一般的には日本と同様に、実際に制度が十分に活用されているとは言えないケースも少なくありません。特に、外部窓口の設置や匿名性の確保が不十分な場合、従業員は通報を躊躇しがちです。
4. タイにおける内部通報制度構築のためにメリットと考えられること
上記の背景を踏まえ、タイにおいて効果的な内部通報制度を構築するためには、以下の点が特に重要かつ有益であると考えられます。
- ① 強固なトップコミットメントの表明:
- 経営層が内部通報制度の重要性を認識し、不正を許さないという断固たる姿勢を明確に打ち出すことが不可欠です。これは、単なる方針表明に留まらず、具体的な行動(例えば、通報後の迅速な調査と適切な対処)を通じて示されるべきです。
- 日本本社からの強いコミットメントを示すことで、現地従業員に安心感を与え、制度への信頼を高めます。
- ② 匿名性の確保と通報者保護の徹底:
- 「メンツ」や人間関係を重視するタイの文化を考慮すると、匿名で通報できる仕組みの確立は極めて重要です。
- 通報者が報復を受けることを防ぐための厳格な保護措置を規程に明記し、実際にその規程が遵守されることを実証する必要があります。
- 万が一報復行為があった場合には、それに対して厳正な処分を行うことを明確にするべきです。
- ③ 独立した外部窓口の設置:
- 社内の人間関係や上下関係に縛られず、客観的な立場で通報を受け付け、調査できる外部の専門機関(弁護士事務所、コンサルティング会社など)を窓口とすることが非常に有効です。
- これにより、従業員は「誰かに知られるかもしれない」という懸念を抱きにくくなり、安心して通報しやすくなります。
- 言語の壁を考慮し、タイ語での対応が可能な窓口を設けることが不可欠です。
- ④ 制度の継続的な周知と教育:
- 制度を導入するだけでなく、その存在、目的、利用方法、通報者保護の方針について、全従業員に対してタイ語で継続的に周知・教育を行うことが重要です。
- 入社時研修だけでなく、定期的な研修やeラーニングを通じて、制度の意義と利用方法を繰り返し伝える必要があります。
- 特に、管理職に対しては、通報があった際の適切な対応方法や、通報者保護の重要性について重点的な教育を行うべきです。
- ⑤ 迅速かつ公正な調査とフィードバック:
- 通報があった場合は、迅速かつ公正に事実関係を調査することが不可欠です。調査の透明性と公平性を確保することで、制度への信頼が高まります。
- 通報者に対しては、可能な範囲で調査の進捗状況や結果をフィードバックすることで、「通報が無駄ではなかった」という実感を持たせ、制度利用の促進につながります。ただし、通報内容によってはフィードバックの範囲は慎重に検討する必要があります。
アジア危機管理リーガルエージェンシーがお手伝いできること
アジア危機管理リーガルエージェンシーでは、タイにおける日系企業の皆様が、効果的な内部通報制度を構築できるよう、包括的なサポートを提供しております。
- 内部通報制度設計コンサルティング: タイの法制度、文化的背景、貴社の事業特性を考慮した最適な制度設計を支援します。
- 独立した外部通報窓口の提供: タイ語・日本語対応可能な外部通報窓口を設置し、従業員が安心して通報できる環境を構築します。
- 不正調査支援: 通報内容に基づく事実調査、証拠収集、関係者へのヒアリングなど、公正かつ迅速な調査をサポートします。
- 内部規程・ポリシーの作成・見直し: 内部通報制度に関連する就業規則や各種ポリシーの作成・見直しを行います。
- 従業員向け研修の企画・実施: 制度の周知、コンプライアンス意識向上に向けた研修を、タイ語で実施します。
タイにおける企業の健全な成長と持続的な発展のために、内部通報制度の構築は不可欠です。ご不明な点やご心配な点がございましたら、お気軽にご相談ください。
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